「ひと」Cheer!! 〜 「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜

<Cheer !!〜「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜>

vol.1-Restaurant Nico オーナーシェフ 太田舟二さん

「食の都庄内」を支える若手料理人やスタッフ、生産者たちの人となりや想いを掘り下げ、庄内の“食”に関わる仕事の魅力をお伝えするシリーズ、<Cheer !!(チアー)〜「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜>。
第一弾である今回お話を伺うのは、酒田市にあるフレンチレストラン「Restaurant Nico」オーナーシェフの太田舟二(おおたしゅうじ)さんです。
 
「Restaurant Nico」と言えば、“酒田フレンチ”を代表するお店の一つ。2008年のオープン以来地産地消にこだわり、美味しさはもちろんのこと、食べた人に一工夫“驚き”のあるオリジナリティあふれた料理を提供することを意識し続けてきました。今ではこちらの料理を求めて、地元だけでなく県外からも多くの方が訪れます。
今回は、そんな太田さんが料理人になったきっかけや国内外での修行、そして庄内の食材に対する想いなどについて伺いました。
 
※2021年10月に取材した内容となります。

 

◇常に料理が身近にあった幼少期

1976年、山形県酒田市生まれ。祖父も父もフレンチシェフ、という料理人一家の次男坊として育った太田さんにとって、料理は常に身近なものだった。
 
太田さんの父・政宏さんと言えば、“庄内の洋食文化の第一人者”と名高い存在。元々「東京ステーションホテル」、「東京會舘」、日生劇場内レストラン「アクトレス」等都内一流店で勤めていたが、25歳の頃酒田市へと移住。その後、「レストラン欅」「ル・ポットフー」「ロアジス」など庄内を代表するフレンチの名店で腕を振るい、現在は「食の都庄内」親善大使も務めるなど、“酒田フレンチ”の名を世に知らしめた人と言っても過言ではない。
 
そんな立派な経歴を持つ父だったが、仕事が休みの日には家でもよく料理を振舞ってくれたという。海でとってきた食材を調理してくれたり、川で釣ったザリガニを食べたり。時にはカエルをさばいてくれたこともあった、と、太田さんは笑いながら振り返る。

 

◇兄を追いかけて飛び込んだ料理の世界

中学校3年生の頃、3つ上の兄が高校卒業後に料理の道へと進むことに。元々お兄ちゃん子だった太田さんも、追いかけるように自分も同じ道に進むことを決めた。
 
父からは調理師学校にはいかなくて良いと言われていたため、高校に入ってすぐ「ママの台所」というレストラン欅の姉妹店でアルバイトをすることに。そこでパンの作り方や惣菜の作り方を一から学んだ。特に部活には入らず、アルバイトと趣味のスケートボードに勤しむ日々だったという。
 
18歳になり高校を卒業したのち東京での修行を経て、父の弟子である織田寛二さんが仙台で開業したレストラン「JUAN-LES-PINS(ジュアンレパン)」で働くことに。メインの料理からデザート作りまで、様々なことをやらせてもらった。その分朝から晩まで働いたが、やりがいがあって充実した毎日だったという。
しかも、オーナーシェフである織田さんはスタッフ以上によく働く方だった。本場フランスでの修行経験があったこともあり、よく「ヨーロッパではみんなこれくらい働いているよ」と話していたそうだ。
 
自分たちもシェフに負けてはいられない。そんな想いで修行しながら、太田さんはフランス料理の基礎を身につけていった。

 

◇本場フランスでぶつかったオリジナリティの壁

ジュアンレパンで5年間修行したのち、織田さんの紹介でフランスのピュイミロルという小さな村にある2つ星レストラン「L’Aubergade(ローベルガード)」で修行をすることになった。
 
このローベルガードは当時フランスの中でも「仕事が一番厳しい」と言われていたお店。かなり身構えていた太田さんだったが、実際は織田さんの下での修行で体力がついていたため、忙しくてもついていけたという。
 
しかし、体力以外の大きな壁にぶつかる。それは、“オリジナリティ”の壁だ。
 
当時の日本のフランス料理界では皆同じものを作る傾向があった。例えば、牛ほほ肉の赤ワイン煮が流行れば、日本中のフランス料理店が同じものを作り、その旨さを競うのだ。一方、フランスではオリジナリティが重要視される。特にローベルガードのオーナーであったミッシェル・トラマさんは元々料理人ではなかったこともあってか、まさに“発想の人”。これまでのフランス料理の枠にとらわれず、自らが「食べたい!」と思ったものを作ってみるというスタイルだった。
今までただ「言われたものをさらに美味しく作る」ということしか意識してこなかった太田さん。決められた枠の中で工夫するのではなく、枠を自分で作るという真逆とも言えるやり方に、大きなカルチャーショックを受けたという。
 
こちらのお店では肉、ソースなど部署ごとに分かれて調理をするスタイル。太田さんは1年間で全ての部署を一通り経験し、ここでの修行を終えた。
 
その後、もう少し本場で修行をしたいという気持ちがあった太田さんは、日本人シェフの吉野建(たてる)さんがオーナーを務めるパリの一つ星レストラン「STELLA MARIS(ステラマリス)」へ就職。ここでも1年間修行を行い、2002年、26歳で日本へと帰国した。

◇本場の高級フレンチから一転、“原価100円”のフレンチへ

地元を離れて修行を始めた時から、漠然と「いつかは地元に戻りたい」と思っていたという太田さん。帰国後は、当時父がシェフを務めていた「レストラン欅」で働くことになった。
 
最初に任せられたのはランチ。ランチメニューの提供価格は700円だったため、主菜の原価はなんと100円以内に抑えなければならなかった。なんとかその中でやりくりするため、自分でその辺りに生えているクレソンを取りに行ったりしたこともあった。高級な食材を扱って料理していたフランスでの修行時代とのギャップに苦しむこともあったが、この経験がきっかけで、安く新鮮な食材を扱っている産直や市場に出向くようになり、食材を覚えたり、地元の生産者や卸の方との繋がりができたりしたという。
 
帰国したばかりの太田さんにとって、庄内の食材はこれまで扱ったことのないものばかり。特にフランスでは肉料理が中心で、当時日本でもそれに倣っているお店がほとんどだった。一方で、酒田のフレンチには魚介類が多く使われる。ガサエビ、バイ貝、ズワイガニなど、地元で取れた魚介をふんだんに使った独特のスタイルのフレンチは、太田さんの目にはとても新鮮に映った。
 
「こっち(庄内)の方が色々な料理が作れるかもしれない。」
庄内の食材に触れるにつれ、太田さんはこう感じるようになった。

 
欅では最終的に料理長まで任されたが、次第に料理だけでなくお店のインテリアや食器など細部に至るまで自分のオリジナリティを出したいと考えるように。2008年、32歳で独立し、「Restaurant Nico」を開業した。店名の “Nico”には、笑顔(=ニコ)で食べてもらいたい、という想いを込めた。
 

◇庄内の食材を活かして

「あまり決めすぎないようにして、とにかくいろんなものを食べながら、新しい食材や使い方を探すよう心がけています。」
食材へのこだわりを尋ねると、太田さんはこう答えた。
 
開業してからは、レストラン欅で勤めていた時代に培った生産者さんたちの繋がりをフル活用。それに加え、「庄内旬青果」という卸の八百屋を営む長島忠さん主催の生産者と料理人をつなぐイベントなどにも積極的に参加した。こうしてさらに生産者との繋がりができて、食材の幅も広がったという。多種多様な生産者が地元にいて、直接足を運んで食材を吟味できる、というのも庄内で料理人をする醍醐味の一つなのだろう。
 
この日作っていただいたのは、“自家製塩麹に漬けたおばこサワラのムニエル、春菊のソース”。
通常サワラ(鰆)は春先に水揚げされる魚だが、庄内では11月頃に水揚げのピークを迎える。その為、他の地域で揚がるサワラよりも脂の乗りが良いとされているが、中でも名人たちによって独自の活〆と神経抜きをされたものだけが「庄内おばこサワラ」と呼ばれるのだ。
 
今回使っている塩麹は、酒田市の「さかたの塩」が、同じく市内にある「楯の川酒造」の酒粕から作った塩と、鶴岡市の井上農場の麹を合わせて太田さんがオリジナルで作ったもの。このレシピは数年前に庄内おばこサワラがブランド化された際考案したものだが、毎年少しずつ変化をつけているという。

 
調理場を覗くと、そこには小鍋が並ぶ。ソースなどは事前に仕込んでおき、この小鍋を使ってオーダーごとに一品一品温度や味を確かめながら最後の仕上げをしていく。これをレストランにいらっしゃる全てのお客様に対して行っていると思うと、フランス料理のコースは次の料理が出てくるまでにある程度時間がかかるのも頷ける。
 
付け合わせは、ナスのソテーとジャガイモのピュレ、春菊と大根葉のソース、そしてルッコラと菊芋の花びら。これらをシェフがこだわって選んだお皿に一つ一つ丁寧に盛り付けていく様子は、まるで芸術作品を作っている工程かのように見えた。
 
一口いただくと、肉厚なおばこサワラのふわっとした食感と脂の旨味が口の中に広がる。塩麹といえば和食の印象が強かったため最初聞いた時は「フレンチなのに塩麹?!」と思ったが、ほんのりとした塩味がサワラの旨味をより引き立てていた。
 
「ここでしか楽しめない驚きと美味しさを提供したい」と話す太田さんの言葉どおり、一般的にイメージされているフランス料理の枠にとらわれない一品だった。

 

◇"食”を観光の目玉に

念願であった自分のお店を始めて早13年。今や庄内を代表する若手フレンチシェフのひとりとして名を連ねる太田さんが次に目指すのは、“食の都庄内”として、今以上に食が観光の目的となっていくようにすることだ。
 
美味しくて安い食べ物が気軽に手に入るこの時代、お金をかけてフレンチレストランを利用する人は決して多いとは言えない。また、働き方改革が叫ばれる昨今、基本的に土日祝日などに休みを取ることができず、決して給料が良い訳でない料理人を目指す人はどんどん減っているという。
食事目当てに庄内に訪れる人が増えれば、食事にお金を落としてもらえる。そうすれば、一度外に出ても、帰ってきて料理人を目指す人が増えるし、生産者も潤う。その循環を生み出していくのが当面の目標だ。
 
最後に、食に携わる仕事に興味がある方へのメッセージをお願いすると、太田さんはこう答えた。
 
「就職をする前に、研修とかバイトとかをすることがとても大事だと思う。特に料理はひとりで作って出しているというイメージが強いけど、みんなでパーツパーツを作ったものを組み合わせて一品が完成したりと、実際は意外とチームプレイだったりするんです。そういったことを体験した上で、就職につなげて欲しいですね。」
 
【店舗情報】
店名:Restaurant Nico
場所:〒998-0842山形県酒田市亀ケ崎3丁目7-2
アクセス:JR酒田駅から車で8分、日本海東北自動車道酒田ICから車で10分
電話:0234-28-9777
駐車場:あり
駐車料金:無料
時間:Lunch 11:30〜14:30(L.O.13:30)/Dinner 17:30〜21:30(L.O.20:30)
定休日:月曜日(祝日の場合は、火曜日)

 

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