「ひと」Cheer!! 〜 「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜
<Cheer !!〜「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜>
vol.17 – 1Blue株式会社 代表取締役 David Lipsさん・取締役 佐久間 麻都香さん

「食の都庄内」を支える若手料理人やスタッフ、生産者たちの人となりや想いを掘り下げ、庄内の“食”に関わる仕事の魅力をお伝えするシリーズ<Cheer !!(チアー)〜「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜>。今回は、干し柿入りのエナジーバーを製造している鶴岡市の「1Blue(ワンブルー) 株式会社」を訪ねました。
庄内の素材でエナジーバーを作りたいと考えていたオランダ出身のDavid Lips(デイビット)さんと、庄内柿の新たな可能性を模索していた仙台市出身の佐久間麻都香(まどか)さん。生まれも育ちも異なる2人が鶴岡で出会い、エナジーバーづくりがスタートしました。その経緯や食への思い、今後の夢をお聞きします。
※2025年6月に取材した内容となります。
◇「ワンブルー」という社名に込めた、庄内の食の魅力

庄内産の干し柿を主成分にした「柿ベースエナジーバー」。有機発芽玄米も使い、4種類のフレーバーが楽しめる。
明治初期に庄内で栽培が始まった、種の無い四角い「庄内柿」。その干し柿は、栄養素と甘みがぎゅっと凝縮されたドライフルーツだ。地元では愛されているフルーツなのだが、さくらんぼのように華やかに取り上げられることは少ない。だから、干し柿を使ったエナジーバーが発売されたときは、パッケージのデザインと合わせてイメージを覆された。あの干し柿が、「生まれ変わり」の信仰が息づく出羽三山のふもとで、こんな素敵な形に生まれ変わるなんて。

アウトドアやスポーツのお供に、仕事中の食事代わりに。気軽に栄養補給できるエナジーバー。
2人が手掛ける「SHONAI SPECIAL」ブランドのこだわりは、社名の「1Blue(ワンブルー)」に込めた思いに通じている。デイビットさんは以前、寿命を延ばす食材に興味を抱き、調べたことがあったという。その中で知ったのが、イタリア・サルディーニャ島など100歳が多く暮らす健康長寿地域「ブルーゾーン」の存在だった。ブルーゾーンとなる要因のひとつに「食」があった。
「あちこちにブルーゾーンを作るのではなく、食そのものからブルーゾーンを生み出していけないか。まずは庄内の食材でブルーゾーンを生み出せる食を作って、それを世界に広めていけたら。世界中が健康な、ひとつのブルーゾーンになる。」デイビットさんの思いの根底には、庄内の食に感じた魅力があった。

佐久間麻都香さんは、宮城県仙台市生まれ。県北にあった祖母の田んぼで稲刈りや田植えを手伝った幼いころの経験が、農業への興味につながった。
「当時は手伝いというよりも遊びの感覚。農業って楽しいなぁという記憶がずっと残っていて、コメについて勉強したいと思うようになりました。」
同時に、母親が自宅で英会話教室を開いていたことも影響した。5歳から英語を習い、自宅にホームステイする留学生との交流などを通して、海外への視野も開けていった。
農業と海外というふたつの興味が、進路選択の決め手となった。山形大学農学部に進学し、鶴岡へやってきたのは、海外を研究フィールドにする栽培土壌学研究室の先生のもとで学ぶため。青年海外協力隊としてアフリカでコメの品種普及などにも携わり、帰国後は専門家を目指して大学院へ進んだ。しかし、改めて日本の農業に触れる中で気持ちが変わり始めた。
「専門家として海外で働きたいと思っていたのですが、アルバイトで農業の現場に入ったら、日本の農業にも課題はいっぱいあるし、なにより現場の農業について知らないことだらけだなって気付いたんです。」
また、庄内の土地柄に魅力を感じ、庄内で暮らしたいと思うようにもなっていた。農業の現場に身を投じるため、庄内で暮らすために、2013年4月から1年間、農業研修生として畜産と柿と花卉農家で研修した。
デイビット・リップスさんは、サッカーの強豪国・オランダ出身。やはりサッカーやゲームに夢中な子供時代を過ごしたそう。高校を卒業した18歳のとき、大学進学前に半年ほど東南アジアを旅した。いろいろなことに興味があって、大学で何を学ぶか決めかねていた時期、人生経験を積みに出た旅だった。
結局、大学では幅広い知識と教養を学ぶリベラルアーツ&サイエンスの学部を選んだ。そして大学院の修士課程に進むとき、バイオテクノロジーの分野に集中したいと道を決めた。その理由は「面白そうだったから」と明快。就職活動でもその興味を追求することにした。バイオテクノロジーに関わる仕事をしたいと世界中の会社を調べて、縁あって2017年、鶴岡へやってきた。
アウトドアが大好きなデイビットさんにとって、庄内の自然は格好の遊び場。早速ハイキングやサイクリングなどを楽しんでいたが、物足りないこともあった。
「オランダや留学先のアメリカでは、アウトドアに持っていくおやつとしてプロテインバーやエナジーバーをよく食べていた。それがあまり無かった。なら自分で作ればいいと思って、自分のためにエナジーバーを作り始めました。」
試作していたエナジーバーを友達や同僚にシェアしていたら、徐々に「おいしい。買いたい」と言われることが増えていった。
「材料はオンラインで購入していたけど、庄内の素材を使ったらもっと面白くなるのではないかという気持ちがありました。『買いたい』と言われるたびに『これはビジネスチャンスかな』と思っていた時期に、同僚にまどかを紹介されたんです。」

2018年の「こしゃってマルシェ」で、初めて「Shonai Special」として販売した。
2018年、柿農家として奮闘していたまどかさんだったが、壁にぶつかっていた。柿の栽培を始めてから4年ほどたっていたが、周りの農家と比べて栽培技術が追い付かない。2014年から「鶴岡ナリワイプロジェクト」に参加して庄内柿の加工品開発にも挑戦していたが、思うようにはいかなかった。
「熟練の農家と同じことをやっても全然追いつけない。別のやり方で何かした方がいいなって思いながら、周りと同じことを繰り返していていました。周囲から『もういい加減に辞めたら』と言われながら、なんかもう意地になって続けてましたね。」
そんな時期にデイビットさんに出会った。
エナジーバーの原材料となるような、庄内の素材を探していたデイビットさん。
「よくエナジーバーに使われるデーツは、粘り気があって他の材料をまとめる。干し柿も似たような食感と甘さがあるので、使えるんじゃないかなと思いました。」
自分なりのやり方で庄内柿の商品化を模索していたまどかさん。
「干し柿で加工品を作るっていう発想がもう『これだ!』と思って。加工品をさらに加工するって、きっと日本人じゃ誰も思い付かない、これは私たちがやるべきだって。」
それぞれの悩みを補いあうような出会い。すぐに意気投合した2人は、新しいエナジーバーづくりに取り組み始めた。

ブランドの原点「ナチュラルエナジーバー」。パッケージには、柿と水田、山伏に山並みと庄内を感じるイラストが描かれている。
エナジーバーの製造工程はそんなに複雑ではないが、おいしいレシピができるまでは苦労もあった。最初のナチュラルエナジーバーは、主原料がデーツで作られている。デイビットさんによると「デーツやアーモンドなど他の材料は、発注するとすぐ配達してくれる貿易会社などがあるんです。でも、干し柿だとあまりそういう会社はない。直接、農家とやり取りしないと調達は難しかったです。」

干し柿を作っている佐藤憲夫さん。
最初のころ、まどかさんは柿の栽培から収穫、干し柿づくりまですべての工程をひとりで挑戦してみたことがある。
「干し柿づくりは皮を剥いて干すだけと単純ですが、難しいんですよね。もう本当に細かい気配りが必要で。干している間もカビが生えてないだろうかとか、心配がつきなくて。しかも庄内は秋から冬の湿度が高く、干し柿づくりには不利なコンディションなんです。」
現在は柿の栽培から手を引き、干し柿づくりもプロに任せている。原料となる干し柿づくりを一手に引き受けているのが、鶴岡市羽黒地区の佐藤憲夫さんだ。柿を機械乾燥させる農家が多い中、佐藤さんはビニルハウス3棟で自然乾燥による工程を続けている。

きれいに並べて干された庄内柿たち。オレンジ色が鮮やかだ。
ただし、エナジーバーにするのは、固くなりすぎてしまった干し柿。デーツのように全体を固める役割も果たすので、水分が多すぎると使えないのだ。
「普通の食用だとちょっと柔らかいので、なるべく固いものが欲しいと話したら、佐藤さんも自然乾燥させていることで固くなりすぎたはじきがどうしても出来てしまう、という状況でした。」
かくして、庄内柿から干し柿、そして、はじきの干し柿からエナジーバーへと「生まれ変わり」を果たした。

理想的なアミノ酸バランスを考え、3種類の植物性プロテインを配合した「プラントベースプロテインバー」。こちらも4種類のフレーバーがある。
まどかさんは「ようやく農家から安定的に仕入れることができるようになったので、この商品の主原料は干し柿。世界初の柿がベースになったエナジーバーです!」と満面の笑みを見せた。
さらに、24年11月にはクラウドファンディングで改装した工房に移り、増産体制が整った。現在は月産1万2千個にまで増え、最大6人のスタッフがエナジーバーづくりに励んでいる。
12月には、タンパク質を手軽に摂取できる「プラントベースプロテインバー」も発売。流行しているプロテインに着目した。プロテイン量(タンパク質量)こそ重要なプロテインバーなので、実は干し柿を使う必要はない。それでも、干し柿入りの自家製ナッツバターを主原料にした。まどかさんによると「柿ベースエナジーバーのときから、原材料表示の最初に『干し柿』がくることにこだわっていて。干し柿が一番に来るようにいろいろ調整して、自分たちでオリジナルの干し柿ナッツバターを作り上げたんです。」

エナジーバーは加熱工程がないため、新しい工房でも衛生管理を徹底し、人の手で触れる時間を最小限にしている。
取り扱い先も広がり、庄内はもちろん、全国の自然食品店やアウトドアショップ、ナチュラルローソンなどで販売している。最近、香港のアウトドアショップとの取引も始まった。今後の夢は、さらに1Blueな世界を目指していくことだ。「デイビッドの出身地オランダやフランスといったヨーロッパに、そして世界中に庄内のエナジーバーを届けたい。そのためには細くでも長く製造を続けられるようにしていきたいと思います」と語るまどかさんに、デイビットさんも頷く。

工房前で自慢の商品を手にする2人。取材を通して、明るく前向きな人柄に元気をもらえた。
「こんなに田んぼや果樹が生活の身近にあって、素晴らしい食材が近くにいっぱいあるのに、なんでコンビニとかすぐ手に入る場所、すぐ食べられる場所にないんだろう。」
デイビットさんのそんな小さな気付きが、この会社につながっている。
日本の農業や地方は、困難な時代に直面している。それでも、庄内を誇りに思って、若い力で未来を開いていってほしいというのが、まどかさんの願いだ。
「海外で日本の食や文化を説明する時に思い浮かべていたのは、実家の暮らしじゃなくて庄内のことでした。庄内は、お米のクオリティも高くて、日本の代表といっても過言ではないです。一人でも多くの若者に、農家としてじゃなくても様々な道で食に関わり続けていって、未来を変えていってほしいなと思います。」
商品開発と聞いて尻込みしそうな若者にも、デイビットさんは「庄内のおいしい自然食を現代に合わせた商品に変えるのは、すごいチャンスだなと思います。思っているほど難しいわけじゃない。小規模から始めればいいんです。自分の台所でも作れるし、そこでいい商品が出来たら、チャンスは十分にあるよ!」と後押しする。まどかさんも「私は結構失敗をしてきてるんですけど、失敗は失敗じゃないし、それさえも楽しんでいけるなって思うので、何回でもいろんなことにチャレンジしていってほしいです」。
明るく前を向く2人は、大好きな庄内の食や自然とともに、これからも生まれ変わっていくんだろう。
【企業情報】
社名: 1Blue株式会社
場所:山形県鶴岡市黒川小在家32
公式サイト: https://shonaispecial.jp/
インスタグラム:@shonaispecial
「SHONAI SPECIAL」ブランドは、庄内産の干し柿など自然素材の栄養を取れるように工夫し、着色料や香料、甘味料、砂糖、動物性素材を使わず、こだわって製造している。現在は「ナチュラルエナジーバー」、「柿ベースエナジーバー」、「プラントベースプロテインバー」の3種類をラインナップ。
まどかさんの出身高校 宮城県第一女子高校(現在の宮城県宮城第一高校)
デイビットさんの出身高校 Stedelijk Gymnasium Nijmegen