「ひと」Cheer!! 〜 「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜
<Cheer !!〜「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜>
vol.18 – 株式会社クラムピース 宮城良太さん、宮城妙さん
「食の都庄内」を支える若手料理人やスタッフ、生産者たちの人となりや想いを掘り下げ、庄内の“食”に関わる仕事の魅力をお伝えするシリーズ<Cheer !!(チアー)〜「食の都庄内」を舞台に輝く人からあなたに〜>。今回は、鶴岡市櫛引地区でさくらんぼ農園を経営しながらデザインの仕事も請け負う株式会社クラムピースのおふたりを訪ねました。
農業部門「鈴木さくらんぼ園」とデザイン部門「ハミングデザイン」で半農半Xに取り組んでいる宮城良太さんと妙さん。まったく別に見える農業とデザインという仕事を続けて、地方でクリエイティブな働き方を実現させてきました。おふたりに仕事に対する思いや考え方をお聞きしました。
※2025年9月に取材した内容となります。
◇鶴岡で農業とデザインの仕事を10年以上続けて
初夏の宝石・さくらんぼ。庄内でも櫛引地域を中心に栽培されている。
果物栽培が盛んな鶴岡市櫛引地域。妙さんの実家の「鈴木さくらんぼ園」は、昭和23年にさくらんぼの生産を始めて、良太さんで3代目にあたる。東京のデザイン会社で働いていたふたりは2012年、東日本大震災をきっかけに鶴岡に帰郷。それ以来、農業とデザインの「半農半X」のライフスタイルを実践している。さくらんぼ園を正式に継いだのち、2023年には「株式会社クラムピース」を立ち上げた。
さくらんぼの収穫作業がある5~7月は農業に集中し、それ以外の時期は剪定や肥料散布などの農作業をしながらデザイン業務を請け負っている。農業部門では、良太さんが農作業、妙さんが繁忙期の直売所受付や広報を担い、デザイン部門では主に良太さんが空間デザイン、妙さんがグラフィックデザインに分かれる。
そんなふたりが出会ったのは、東京にある武蔵野美術大学。東京で別々のデザイン会社で働いていたが、東日本大震災をきっかけに鶴岡へやってきた。
◇憧れのデザイン事務所へ売り込むため、世界中のホテル建築をめぐる旅へ
バックパッカー時代の良太さん。西サハラで撮影した一枚。
良太さんは宮城県南三陸町(旧志津川町)生まれ。高校時代は雪のない地域ながらスノーボードにはまり、2時間かけて岩手県や宮城県のゲレンデに通ったという。スノーボードの板を彩るグラフィティアートに興味を持ったことが、デザイン分野に進む決め手になった。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科に入学し、興味を絞っていく中で3年次からインテリアデザイナーを目指して専門コースを選択。卒業した2001年には、希望通りインテリアデザイナーとして、商業施設や公共空間、イベントなどの空間デザインを行う株式会社丹青社に入社した。
「ホテルをデザインしたい」という夢をかなえるために2007年、会社を辞めてバックパックひとつで旅に出た。世界中のホテルを回って先端デザインに触れながら、1年後、自分の作品をまとめたポートフォリオを携えて、シンガポールにある憧れのデザイン事務所へアポなしで売り込んだ。結果は不採用で日本に戻ってきたわけだが、その行動力にびっくりする。「若気の至りじゃないですけど、勢いでやってきたところがずっとあって、20代もそんな感じでした。同じ会社に出戻って、鶴岡に来るまでそこで働いてました。」
大学時代に木工家具のデザインを学んでいた妙さん。
妙さんは鶴岡市の実家で身近に農作業を見て育ったが、小さいころは絵を描いたり工作したりすることが好きで、自分が農業に携わるとは思ってもみなかった。高校生のころは、庄内を何もないところだと思っていたという。「鶴岡にUターンする前までは、クリエイティブなことができる機会や仕事はあまり多くないんじゃないかなと思っていました。」
家具やプロダクトのデザインをしたくて武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科へ。実際に木工家具を作るコースを経て、2001年の卒業後は、株式会社ゼロファーストデザインで商品開発やプロモーションなどに携わった。まっすぐ夢を叶えてきたように見えるが、実は家具デザインに自分のスキルやセンスを発揮できない、と壁にぶち当たっていた。
鈴木さくらんぼ園の栽培面積は1.2ヘクタールで、約10品種を育てている。
ふたりは2007年に結婚。義父の「さくらんぼ経営を継いでほしい」という希望を聞いていた良太さんは「いつかは鶴岡へ行こうと考えてましたけど、具体的な時期は全然考えてなくて。60歳を超えてからかなと思ってたんです」。妙さんも「東京である程度仕事をしてから、という話はしていたところに東日本大震災が起こって。ちょっと早いけど、タイミングが今なんじゃないかって2012年に戻ってきました」。
鶴岡へ来てから1年間、ふたりは新庄市にある山形県農業大学校(現在の東北農林専門職大学附属農林大学校)に毎月1回通い、果樹栽培について一通り学んだ。ただ、初心者のふたりが農業だけを仕事の糧にするには不安があり、自然な流れで農閑期にデザインの仕事をすることになった。
鶴岡市の松ケ岡開墾場にある「シルクミライ館」は、夫婦で連携して取り組んだ仕事だ。
最近は副業やWワークという働き方が話題になることも多いが、農家には、会社員として働きながら週末だけ農作業をする人もいる。冬はまったく違う仕事をしている人もいる。半農半Xの働き方が昔からそばにあったので、デザインの仕事を組み合わせることも違和感はなかったという。
地方で働く良さを、良太さんは「農繁期なのでデザインの仕事を受けられません、と言っても理解があって待ってもらえる。知り合いの山伏も修行に入るときは連絡が一切取れなくなる。地域がこういう働き方を受け入れてくれていて、だからなんとかなるもんだなと思いました。」
◇さくらんぼを育て、観光農園でもてなす。「空間をつくる」デザインにつながる農業
歩きやすくデザインされた観光農園。栽培面積のうちの40アールを占める。
観光農園の空間をつくるにあたって、「観光農園の中にこういう看板があったらいいだろうな」「ここに品種の説明があったらお客さんも理解しながら食べられるな」といったお客さん目線で、ショップ(直売所)の設計や内装デザイン、パッケージやリーフレットのデザイン、園内の看板など、すべてをふたりでデザインしている。
さくらんぼのギフト用パッケージ。高級感の中にも可愛らしさを色で表現。中に入っているさくらんぼを予感させるデザインに仕上げた。
山形のさくらんぼは今、過渡期にある。高温障害で生産量が不安定になり、消費者の購買行動も変わってきている。良太さんによると「高級商品のさくらんぼを購入できる層が減ってきたと感じています。それに応じて、商品の量を変える、買いやすい価格に設定する、などいろいろ工夫しています。」
観光農園のショップ。温かみのある店内はカフェのよう。
農業部門の将来の目標について、「西片屋地区のさくらんぼ生産者もメインが70代なので、5年後には半分は農業をやめているんじゃないか。うちが面積を広げるにしても人手が必要だが、人を集めるのは難しく、品質を上げる方向に進むしかない。この先の不安を抱えながらも、私が生きているうちは頑張ってやっていきたいと思ってます」と良太さん。
デザイン部門の将来の目標について、妙さんは「クライアントの思いをくみ取り、抱える悩みに寄りそっていくこと。開業時から掲げてきた通り、クライアントそれぞれの“らしさ”を“かたち”に表していきたい」という。「クライアントと一緒に地域ごと元気になるように、デザインの力を使ってもらいたいです。」
自宅に設けられた仕事スペース。夫婦だからこそ意見がぶつかってしまうこともあり、それぞれ別のクライアントの仕事をすることが多いそう。
妙さんも、東京で挫折を味わった経験から振り返る。「東京の会社でインテリアのカタログを作るためグラフィックデザインに触れていたけれど、鶴岡でやろうとしていたわけではなかったんです。ただ、仕事をいただくようになって、お客さんに育ててきてもらった。」
「やってみることで解像度が高まって次のステップに進めることもあります。別々だと思っていたデザインと農業が、全部つながっていって、10年ぐらいかけて面になって、自分たちの仕事になっていった。その時やりたいことを一生懸命やる。それが先につながっていくと実感しています。」
【企業情報】
社名: 株式会社クラムピース
場所:山形県鶴岡市西片屋字片貝112-1
公式サイト:https://clampiece.com/
インスタグラム:@clam_piece
さくらんぼ観光農園は6月上旬~7月上旬にオープン。平日は予約不要、土日は予約制。